「企画料」(顧問料)に関するセミナーを開催!

[ 2010年02月10日 ]

kikakuryo.zemi01.jpg■企画料に関するセミナーを開催

知っているようで知らない「企画料」

「顧問料」という科目もわかったようでわからない。

しかし知的サービス業を展開する人には、この企画料、顧問料は、死活問題ですね。

私自身、30歳前後のころ、まったくフリーターの時代に、知的ビジネスをめざし、しかも士業をめざすでもなく、ビジネスをしてましたから、この企画料というものは、どう請求すべきか……なにもしないとなんの収入にもならない。

そうとうな課題でした。書籍が大ヒットしたのは37歳のころですから、その後は多少の講演料など、依頼する人が勝手に値段を吊り上げていただけるというありがたい状況にはなりましたが……

26歳で独立してから10年間は、まったくそんな時代でしたね。でもその間、大きな仕事にも恵まれました。関西文化学術研究都市(東京でいえば筑波の学研都市ですね)の、4分の1くらいの広大なエリアのコンセプトをつくり、実現までもコンサルティングさせていただくこともできました。ハイタッチリサーチパークといいますが、これも私が命名したものです。

ミノルタα7000のお手伝いやアサヒビールの再出発時の仕事も、パナソニック電工が新事業に次々乗り出すのを手伝っていたのも、まだ著作のない無名時代のことです。セキスイハウスが大々的に営業体制をとりはじめた時代にも、重要な仕事をまかせてもらったりしました。

いまからふりかえると懐かしいですね。

この時代、けっこういろいろな仕事を手伝わせてもらい、大阪で15名くらいの陣容に成長してました。

普通は、パンフレットを作成したり、ものづくりをしないとビジネスにならない時代に、士業でもないのに会議出席や調査レポート、報告書、議事録、新事業や新商品の企画などをまとめることでビジネスしていたわけです。

このときにほんとに役立ったのは、自分の仕事を明確に領域(ドメイン)設定し、価格設定し、それを納得してもらってたことです。

つまりは企画料の設定の仕方に、そうとう工夫していたのです。

加えて企画書(当時は企画、企画書という言葉はありませんでしたが……)を明確に作ってプレゼンしていたことですね。当時、こんなことをしていたのは、日本中で私だけだったようです。

この方式を、1886年に発表すると、広告、制作、デザイン、印刷、映像制作さらには中小企業診断士など士業の人たちが、殺到してきました。

しかし、20年をはるかに超えた今でも、そうしたことを明確にしている人は、ほとんどいないようです。

そこで、この企画料をテーマに特別セミナーをすることにしています。

そのうちにメルマガやハガキで連絡が行くと思いますので、ぜひ、ご覧いただければと思います。

また、このブログでもお知らせしますね。